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日本プロゴルフ選手権大会の歴史
記念すべき第1回大会は、1926年に東西トッププロ6人が参加して開催されました。初代王者の座に輝いたのは、宮本留吉プロ。日本のプロ第1号選手である福井覚治プロとのプレーオフでの師弟対決で、師匠である福井プロを制しての勝利でした。
第2次世界大戦のため大会は、1942年を最後に1948年まで、やむなく中断されましたが、1949年の復活第1戦では、林由郎プロが優勝しています。「寅さん」の愛称で親しまれた中村寅吉プロが、初めて優勝カップにその名を刻んだのは、1957年。中村寅吉プロはその後、3連覇を達成しています。
もうひとり3連覇を成し遂げた選手が、1938年から1940年にかけて連続優勝を果たし、鬼才トイチと呼ばれた戸田藤一郎プロ。中村プロ、戸田プロともマッチプレー競技での3連覇でしたが、ストロークプレーでの3連覇を達成した選手はまだ一人もいません。日本プロは、マッチプレー、ストロークプレーと繰り返し競技方法が変更されてきましたが、1961年の第29回大会以降は現在まで、ストロークプレーで競技が行なわれています。
伊澤利光が約2年ぶりの復活Vを成し遂げた昨年大会
開催コースのレーサムゴルフ&スパリゾートは、全長7,125ヤード、パー72。フェアウエイのあちこちに作られたマウンド、ウオーターハザードが巧みに配置され、ショットの正確性が要求されると同時に、広いグリーンに作られたアンジュレーションが選手の正確な距離感と傾斜の読みを要求します。
昨年大会では、伊澤利光が初日から首位に立ち通算5アンダー、283で復活優勝をとげました。伊澤は日本プロ初勝利で、05年8月のアンダーアーマーKBCオーガスタ以来のツアー通算16勝目で5年間のシード権を獲得。
昨年優勝の伊澤利光、07年賞金ランキング1位の谷口徹、2位の片山晋呉、06年「三井住友VISA太平洋マスターズ」で復活優勝した地元群馬出身の中嶋常幸、室田淳(06、07シニア賞金王)、新星石川遼等々。また今年は、日本プロ選手権史上初めて全米クラブプロNo.1を決める「全米プロナショナル選手権」に昨年優勝したチップ・サリバン(米国)が参戦。有数のプロたちによる歴史に残る闘いが期待されます。
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