| スポットライト 今期よりシニアツアーに参戦、横島由一プロ |
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| 今季からシニアツアーに参戦した横島由一プロ(52)が3試合目のファンケルシニアクラシックで早々とシニア初勝利を挙げた。レギュラー時代12勝(73年以降ツアー6勝)している横島プロは、シニアの資格を得ながらJGTOの競技委員とディレクターを2年半務め、51歳の昨年からはゴルフ場(茨城・太平洋クラブ&アソシエイツ美野里)の支配人業に携わってきた。ようやく今年、支配人業との“二足のわらじ”でシニアツアーに初登場、3試合目で初勝利の快挙、賞金ランキングも1位に立つという活躍。いぶし銀の横島由一プロを、支配人として多忙な太平洋クブ&アソシエイツ美野里コースに訪ねた。 |
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--シニアのルーキーとして登場してくるや3試合目で初優勝。おめでとうございます。開幕戦のキャッスルヒルオープン6位タイ、アデランスウエルネスオープン単独2位と好成績をキープしての3試合目でした。
横島由一プロ(以下横島)「ありがとうございます。優勝の味はホントに久しぶりでしたからうれしかったですね」
--レギュラー時代、97年に札幌オープンに勝っていますが、ツアーでは91年のラークカップ以来13年ぶりです。賞金も大きいファンケルは狙っていたのですか。
横島「2試合目のアデランスで中尾さん(豊健プロ)に負けて2位でした。自分ではいいプレーもできたし2位で満足だったんです。ところが新潟からの帰り道、車で走っていると、負けた悔しさがどんどんこみ上げてきたんです。振り返れば取りこぼしも結構多かったしね。満足だと思っていたのに時間が経つにつれて若いときの自分に戻っていたんですね。勝負は勝たなくてはいけないんだ…、とね。その気持ちが強くひっかかっていたんですよ」
--次戦のファンケルにはリベンジへ期すところがあったと…。
横島「ファンケルは賞金も大きいし、これは何とかしなきゃいけないと考えていました。でも練習が思うようにできたわけでもないし、不安と期待半々の気持ちで乗り込みました。で、初日は台風の影響で強い風が吹いた中、1アンダーの71、5位でスタートできたのでチャンスはあると思ってました。風の中で67で回った中村彰男プロ(初日トップ)は凄いと思いましたけど」 |
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--2日目に横島プロが大会新記録の7アンダー「65」を出して単独トップに立ちましたね。
横島「2日目は風も収まりましたからね。それと前日まで重かったグリーンが、自分のコース(美野里)と同じような速さになり僕のタッチに合うようになった。速くなればなるほど自分のゴルフを組み立てやすいのでね」
--最終日は2打リードで最終組。逃げる立場でしたが…。
横島「出だしちょっと流れが悪かったものの、7、8番で連続バーディー、2位に5打差をつけてターンしました。これは楽勝かなと思ったとたんにおかしくなった。ホールが進むにつれてフェアウエーが狭く見えるようになってきたんですね。これがプレッシャーでしょうか。このあたりが試合経験のなさ、試合から遠ざかり過ぎていた弱みでしょうね」
--16番でまた右の土手に曲げてボギー。ひと組前の青木基正プロに追い上げられ、並ばれてしまいましたね。
横島「青木さんが追い上げてきている情報は耳に入っていました。大詰の16番で並ばれるというのは、普通ならこちらの負けパターンです。同じ組の中村てるちゃん(彰男プロ)に“ああ、死んじゃった。もうダメだ”と言いました。気持ちが落ち込んでいましたね」
--ところが土俵がなくなった17、18番で連続バーディーというのは離れ業のようでした。
横島「17番(パー3)のティーグラウンドにいったとき、急に何かプレッシャーから解き放されたようなスッキリした気分になった。不思議ですね。並ばれて気持ちが楽になったのですかね…。そして7Iでピン左5メートルについた。苦手なスライスラインでしたが、ここのグリーンは読めていて上にさえつけなければ5、6メートルならある程度自信があった。これが入った」
--これでまた横島プロが1打リードしたのですが、前をいく青木基正プロが18番(パー5)をバーディーで先に上がり、またタイで最終ホールを迎えるという場面でした。
横島「最後は“4”をとれる確率が6割くらいあるホールでしたし、たとえとれなくてもプレーオフ。まだ負けるわけじゃないとあせりはなかったです。でもティーショットが右のラフ。2オンのチャンスはなくなりましたが、これがかえってよかった。AWでフェアウェーへ出し、残りは148ヤード。打つ前にグリーンまで1本の帯みたいなものが見えたんです。振ればいくな、という気持ちでしたね。ピン下1・5メートルについてそれも真ん中から入りました。でもあとで考えれば、やはり17番の5メートルのバーディーパットが勝負でしたね」
--いや、最後はスリリングで見ているほうは面白い展開でした。しかし、追い込まれても崩れなかった横島プロのゴルフは、さすが筋金入りと思わせました…。
横島「いえいえ。ただ僕らはレギュラー時代、練習のときは3分の1ずつスライス、フック、ストレートと打たされてきました。ボールは曲げる練習をするのです。ストレートばかりの練習しかしていないと、試合でフックボールやスライスボールが出たときに迷いが出てしまう。フック、スライスの練習を積んでおくと、その中間がストレートですからすごく分かりやい。そして低い球、高い球を打っていると試合で悪条件になっても慌てずに対応できます。初日の強風の中でもそう慌てませんでしたね」 |
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--ところで、シニアでは52歳になった今年からツアーに参戦されましたが、ブランクは感じませんでしたか?
横島「むしろ2、3年の間、ゴルフから遠ざかっていたことが大きなプラスになったと思っています」
--どういうことでしょうか?
横島「レギュラーからずっとゴルフばかりをやっていると息が詰まるし、頭がフケちゃうんですね。頭も体も疲れきってフレッシュさがなくなる。ゴルフ自体も行き詰まる(笑い)。空白をつくると、少し寂しいですが試合のことなどは考えませんから頭がフレッシュになりました。また技術的にもスイング理論が変わってきているのを冷静にみつめることもできました。外国の選手や日本の選手のスイングをじっくり見て、それを分析していくと新しい動きが分かってきました。今の僕のスイングは見た目には変わってないかもしれませんが、自分の意識の中では随分変わっています。スイングプレーンを大事にして、どうしたらそこに沿っていけるかが分かってきたんです。これが10年前に分かっていたらね(笑い)」
--ツアーに戻ってくるまでのいきさつを伺いたいのですが。
横島「僕は50歳になる前にJGTOから競技委員の要請を受け、微力ながらツアーを盛り立てなくてはならないと思い2年間専念しました。また、シニアになっても試合には出るつもりはなかったです。昨年の1月からは太平洋クラブの方から話があって美野里の支配人をしています。このときもまだプレーする気はなく支配人業で忙しかった。でも昨年後半でしたか、太平洋クラブの上司から少しは試合に出てみるか、というお話をもらったのです。初めは1、2試合ならということだったのですが、僕は“1、2試合では出て行ってキョロキョロしてるうちに終わっちゃいます。せめて4試合くらいは出たい”と言って許可をいただいたのです」
--3試合で初勝利をつかめると思っていましたか?
横島「久しぶりに試合のフィールドに出て、自分のゴルフのレベルがどの程度なのか見当がつかなかった。開幕戦のキャッスルヒルに出たところ予想していなかったベストテンに入れた(6位)。まだある程度上位にいけるレベルにあるかな、と思いました。第2戦のアデランス(2位)では、もう少しいいゴルフをすれば優勝争いもできるかも、と少しずつ自信も湧いてきました」
--ブランクの間、練習はできていたのでしょうか。
横島「競技委員をしていたときはトーナメントに接していましたから、その空気は分かっていました。ゴルフ自体はレベルは落ちていても、長年やってきてますからそこそこの自信はありました。支配人業に変わってからは研修生と一緒に回ったり、お客さんに誘われて週2回くらいはラウンドするようになっていました。美野里はグリーンも速いしトーナメントとあまり変わらないセッティングにしていますから、試合会場と遜色のない練習ができました」
--シニアツアーに参加してみてその雰囲気とか新鮮さはいかがでしたか。
横島「久しぶりに出たキャッスルヒルが何とフレッシュだったことですか。こんなにワクワクして緊張感に包まれて震えがきたのはプロテスト以来かな、なんて思いました。シニアはいま1ヶ月に1試合の割りですから出るたびに新鮮です。そして先輩が多いわけですが、周りで腰やひざが痛いとか、パターのイップスだとか、苦しんでいる話がいっぱいなんです。自分では飛距離は出ない方だと思っているのに“お前は飛ぶな”などといわれる。パターも上手いとは思っていないのに“横ちゃん、手の動きがスムーズだな”などと、周りが自信をつけさせてくれます(笑い)。結構のせられて調子を上げていますよ」 |
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--ところで、支配人業とプレーヤーとの兼業はいかがですか。
横島「ゴルフは悪ければ自分だけですみますが、支配人の方は多くの社員もかかえていますからね。業績を上げなくてはなりません。副支配人以下のスタッフが仕事の役割分担をうまくやってしっかりやってくれていますから僕がいなくてはならないという時間ばかりではあリません。助かっています。
ファンケルで僕が勝ったあとは皆さんが喜んでくれて、また予約の電話が殺到してうれしい悲鳴も上げました。このように両方がうまくいけばいいのですがね。まあ、支配人業も自分が選んだ道だし、プロゴルファーも自分が選んだ職業です。懸命にやってその代わりに何試合かトーナメントにも出してもらうというスタンスですね」
--PGAもいま、研修センターなどを設立して選手を育成する傍らゴルファーを社会人としても認められる人づくりをしようとしています。横島プロはその範たる一人ではないでしょうか。
横島「プロ支配人は全国に何人もいます。サービス業のゴルフ場支配人としてだけでなく、経営のノウハウや集客の仕方、また芝とかコース管理、スタッフや研修生の指導や束ね方など、いろんな知識が要求されます。ただプロというだけでなく、みんながさらに教養や知識を高めて植えつけなくてはいけないと思います。僕もその道づくりをと、心がけています」
--最後に横島由一プロのこれからのプランなどをお聞かせください。米シニアツアーなどへの意欲は?
横島「先のことは分かりませんが、いまを一生懸命やって、その場になってあせらないような体勢づくりはしておきたいですね。ゴルフは僕の人生ですから大事にしながらやりますが、米シニアに出るような気持ちは全然ありません。完全なツアープロになって他の仕事ができなくなるようなことにはしたくない。僕が立てている目的と違いますから海外遠征は遠慮しようと思っています。ただ、これからは日本のシニアにもいい選手がドンドン入ってきますからもう一度脚光を浴びるようになると思います。そのためにも選手がいい試合をしなくてはいけませんが、年間20試合くらいにはなってほしい。そしてレギュラーからシニアへ入ってきた選手が安定した生活ができるようにしたいものです」
--ありがとうございました。 |
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