■スポットライト 久保谷健一(キャロウェイゴルフ)
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スポットライト 久保谷健一(キャロウェイゴルフ)
 5年ぶり通算3度目のツアー優勝が初の“メジャー制覇”となった久保谷健一プロにとって、ゴルフ人生の大きな転機となるかもしれない“プロ日本一”の座は、「優勝を意識せず、自分のゴルフに徹しただけ」の無欲で掴んだ勝利だったようです。日本プロ優勝の翌週行われたマンシングウェアオープンKSBカップでもプレーオフ勝ちして、2週連続優勝するなど今季の久保谷プロは“大ブレーク”しそうな気配ですが、本人はあくまでも謙虚に「自分の技術レベルが上がったから勝てたのではなく、ただ運が良かったからなのです」と次のように語っています。
記者:日本プロ優勝に続く2週連続優勝、さらにJCBクラシック仙台でも優勝争いに加わるなど日本プロに勝ってからのゴルフ環境は、日常生活でも自身のプレーぶりについても大きく変わったのではないですか。
久保谷健一「5年前にツアー初優勝した時もそうだったのですが、周囲の見る目が違ってきました。ぼくとしてはいつも通りに接してほしい、と思っているのに、いままでとは違う久保谷として見られてしまう。トーナメントの組み合わせもど真ん中のよいところになるし、そうなると自分のゴルフもそれらしく〜、と思ったり、一緒に回る相手も気にして、勝手に自分にプレッシャーをかけてしまいます。5年前と今回とで違うことは、そうしたことを気にしなくなったことだと思います。優勝したからといって自分のゴルフが良くなったわけではなく、ただタイミングと運が良かっただけだと思っているので、周囲がどのように見ようとも意識しなくなりました。その点がこれまでと変わったところです。ぼくの場合はゴルフの技術が上がったから勝てたとか、というのではなく、たまたま運が良かったからなのです。ずっと長い間どん底にいた者にとって、普通の人ならどうってことはないことでも、どん底からの出発ですから少しでも良くなれば、それが嬉しくて‥‥、その結果のびのびとプレーできたのではないか、と思っています。自分のゴルフ技術が上がったとは決して思いませんが、この5年間悪いなりにもなにかしら得るものがあったということは感じます。しかし、そうはいっても簡単にレベルアップできるほどゴルフは甘くありません」
記者:日本プロの優勝を振り返ってみて、優勝のキーポイントはなんだったと思いますか。
久保谷:「優勝を意識しないでプレーできたことだと思います。やれるだけのことをやろうという気持ちでプレーして、それ以外のことはあまり考えませんでした。良かったことは、初日と2日目が悪かったこと――。ぼくはいつも、どこかで必ず波乱があって、5打差、6打差とリードしていてもそうなるのです。どこかでピンチに見舞われて、なんで俺はついてないんだろう、と思うことがよくあります。日本プロではそうしたピンチが初日と2日目にやってきて、3日目と最終日にはラッキーが待っていました。展開に恵まれた、ということです。最初の2日間は危なっかしいゴルフで、予選落ちの心配をしていたくらいですから‥‥。今年はスタートから調子が悪くてボロボロ、予選落ちしなかったのは日本プロで2度目というありさまで‥‥、ですから予選を通ったことで楽にプレーできたし、思い切ってプレーすることができました」
記者:日本プロの優勝インタビューで、“次週も良い成績が残せたら本物だと思うし、自信にもなる”と言っていましたが、2週連続優勝という最高の結果を残しました。自信がつきましたか。
久保谷:「翌週の試合も自分の力で勝ったのではなく、やはりつきがあったから勝てたので、自信を持つところまではいっていません。優勝する人には2つのタイプがあると思うのです。一つは、力で優勝をもぎ取るタイプです。ミスを決して許さず、周りを制圧して、相手に威圧感を与え、迫ってくるものに対して絶対負けないぞ、と感じさせるような、そんな勝ち方ができる人、つまりジャンボさんのようなタイプですが、それが本当に強い人の勝ち方だと思います。もう一つのタイプは、誰とまわろうとも気にせず、自分でできるだけのプレーをやり通そうとするタイプです。相手の挑発にも乗らず、スコアだけを目標にポンポン回れるような、そんなタイプですが、ぼくは後者の方だと思っています。やれるだけのことをやれればいいと思うし、失敗しても自分を怒らない――、というよりまだ自分を怒るところまで技術が上がっていない、と言った方がいいのかもしれませんが‥‥」
記者:日本プロでも最後まで淡々と、プレーオフとなってもまだ優勝を意識せずにプレーできたのですか。
久保谷:「晋呉(片山)とぼくを比べれば、技術的にはかなわないですから、プレーオフになっても無心で、タイトルのことは考えないでプレーできました。彼の方はどうしても欲しいタイトルだったのではないでしょうか。ただ最後の場面(プレーオフ2ホール目)では、さすがに欲が出ました。あそこで決めなければ勝てないと思って、難しい状況のなかのバンカーショットでしたが、思い切って突っ込んでいって、うまく寄せることができました。スピン量と距離感が合わなければ寄らない難しい位置でした。安全に行こうとすれば、右に打っておけばそこそこには寄るのですが‥‥、あの瞬間どのように考えていたのか、定かではありません。ぼくは自分でもあまり欲がない人間だと思っています。人に負けることも気になりませんし、それが弱い面でもあり、また強い面なのかもしれないと思ったりもします。良い意味で適当なところがあって、ミスしても当たり前と思えるし、一打一打に拘らないで淡々とプレーできる。そのうちにバーディーがきて、いい流れに乗れればいいというような、そのようなただ流れを待っているだけのゴルフなのです。待つ一方で、自分で流れをつくるということはできません」
記者:日本プロの練習日に小達(敏昭)プロからいろいろアドバイスされたことも効果があったと言っていましたが‥‥。
久保谷:「そうなんですが、もし小達さんから理論的に、なぜそうしなければいけないのか、ということを言われたとしたら、聞き入れてはいなかったと思います。小達さんは理屈ではなく、構えだけを重視して、こうなればもっとやりやすいんじゃないか、というように実際に即したアドバイスをいろいろ言ってくれたのです。それを実行してみるとなるほどやりやすい、“これでいいんですか?”と聞くと、“そうだよ、それでいいんだよ”と‥‥、それが安心感となって、プレー中も不安を持つことなく打つことができたというわけなのです。それまでのぼくはあれこれ、いろいろやってみてどうしても一つに絞りきれない。いつも同じ繰り返しで、同じミスをやっている。そんな時に一つに絞り込んでくれる人がいたということなのです。あの週は言われたことを、4日間練習していただけ、と言ってもいいかもしれません。それで優勝してしまった‥‥」
記者:その翌週も優勝して、小達プロのアドバイスはその後も効き目があったということですか。
久保谷:「翌週ももちろん試してみようと思ったのですが、同じようにはいきませんでした。同じように打っているつもりでも、そうじゃあないのです。なぜ良い調子がいつまでも続かないかという理由もその辺にあるように思います。週が変わればフィーリングも全くといっていいくらい変わってしまいます。勝てたのはパッティングが日本プロの時より良くなっていたからです。この優勝は、満足感という点でいえば日本プロ以上でした。その理由は、5年前にさかのぼりますが、フジサンケイでツアー初優勝した翌週に予選落ちしたことが原因しているのです。ぼくは予選落ちしても“しょうがない”と考えていたのですが、健夫(尾崎)さんから“優勝した後だからこそ頑張らないといけないんだ。歯をくいしばってでもやらないと、ただの人になってしまうぞ”と言われて、自分なりに期するところがあって試合に臨んだのですが、あえなく予選落ち。周りからはだらしない奴、と思われたのではないかと思って、次の機会には絶対頑張るぞ、と思い続けてきたのです。ですから、日本プロのあとのKSB(マンシングウェアオープン)では、どんなことがあっても予選だけは通りたかった。そんな気持ちでプレーすることはこれまでなかったのですが、あの時だけは欲と戦う――、今までとは違うプレースタイルでした。優勝争い以上にしびれながらプレーしていました。そして、それを乗り越えた時、やり遂げたという満足感が沸いてきて、同時に5年前に健夫さんと交わした誓いをやっとかなえることができたと思いました」
記者:日本プロの優勝スピーチで非常に感動的だったのは、苦しい時も我慢をして練習を続けてきて、その我慢に対して神様がくれたご褒美が優勝だった。そして我慢をしていればいつかは必ずいいことがある、という久保谷プロのスピーチは苦境の中にいる多くの人々を勇気づける素晴らしい言葉だったと思います。
久保谷:「これまで諦めかけたりしたこともあったけど、我慢して、頑張って練習を続けてきて、本当によかったという気持ちがあったのであんなスピーチになりました。自分が唯一褒められるのは練習量だけです。それは間違っていたかもしれないし、変な練習をしていたかもしれないのですが、量だけは人並み以上に多かったと思います。体調が悪い時に練習しても、悪くなるだけだからやめた方がいい、という人もいますが、ぼくはそれでも練習をやらないと不安が解消しないのです。ジャンボさんは勝った時でも帰って練習しています。ジャンボさんがそれだけやるのだから、我々はそれ以上やらなければその差を詰めることなどできません」
記者:世界の多くの一流選手には、必ずといってもいいくらい良い先生がついています。久保谷プロには先生はいないのですか。
久保谷:「いません。しかし、いなくてもいいとは思っていません。日本には良い先生がいないから、見つからないというだけで、自分からはどんなことがあっても見つけようとは思っていません。これも成り行きというか、タイミングだと思って、そういう巡り合わせがあれば、いつか見つかるのではないかと思っています」
記者:ツアー参戦2年目に早々と2勝して、その後2年間賞金ランクシードから外れました。つらかった時期というのはその期間のことですか。
久保谷:「初優勝後のぼくは、優勝者らしいゴルフをしなければいけない、と思いながらプレーしていました。簡単にツアー優勝できて安易な気持ちを持ったということではなく、優勝者らしいゴルフをしなければいけないという焦りの方が大きかったと思います。高いレベルのゴルフをしようという気持ちばかりが先行して焦っていました。今までと同じレベルでやっていればいいのに、そうは思えずに、無理をして練習して、精神的にも肉体的にもすっかりやられてしまって、体にガタがきてしまいました。その頃、なんで優勝なんかしたんだろうと、優勝を恨んだことさえありました。もし、ぼく一人で行動していたらそれほど苦しまなくてもよかったかもしれないのですが、いつも行動している仲間が丸山(茂樹)さんを筆頭に横尾要とか横田(真一)とか‥‥、みんな実力のある連中ばかりです。そのなかにいてぼくだけがシード落ちしているのですから、なにか場違いな人間が入り込んでいるようで、自分は皆の足手まといになっているのではないかとか、考えたりして‥‥。みんなからは“頑張れよ!”と応援されるのですが、それもまたつらいものがありました」
記者:2年間賞金ランクシードから外れて、3年目の2000年シーズンにランク24位に入って復活を果たしました。それにはなにかきっかけがあったのですか。
久保谷:「気持ちの切り替えができたからではないでしょうか。優勝で得た3年シードもこの年で切れるという時だったし、結婚して子供が生まれたのもこの年で、全てが新たな出発のシーズンでした。決断の年だったのです。ぼくには、どういうわけか切羽詰った時になんとかなってしまうというような、そんな巡り合わせがあるのです。プロテストの時も、同期の連中は皆パスして、次に落ちたら新たな道を選ばなければいけないというような状況だったのですが、そんな切羽詰ったところでテスト合格。予選会では横尾と1、2位を争い横尾がその年のシード選手になってぼくは予選会に逆戻りという時に、また予選会をクリアする、という具合に駄目になりそうになっても、いつもなんとかなってきました。使用クラブをキャロウェイに替えたのも一つのきっかけになりました。この時も良いとか悪いとかということは分からないままクラブを替えたのですが、そうすることで気持ちを新たにスタートすることができました。クラブを替えたのは初めての経験でしたが、すんなり受け入れられて、クラブをスウィングに合わせられるようになって、シード切れ寸前の年に復活を果たしました」
記者:賞金王レースでも現在トップを走っていて、今年は“大ブレーク”しそうですが、目標はどのあたりにおいていますか。
久保谷:「具体的に何を目標にしようとかというのではなく、自分のできる最善を尽くして、そしてその結果が良いものであれば、それでいいと思っています。今年は初めて全英オープンの出場資格も取れたし、いろいろ貴重な経験を積むことができるのではないかと思っています。全英では良い結果を出そうとか‥‥、ということよりも、せっかく行くのですから何かを掴んできたい。英国は天候が変わりやすいと聞きますから、できれば風と雨と寒さと‥‥あらゆる悪条件の中でやってきたい、と思っています」