PGA REPORT 105
PGA REPORT105 2011/8 No.105

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日本プロゴルフ選手権大会
日清カップヌードル杯

 

日本プロが人生の方向づけをしてくれた

河井博大
(かわいひろお)

☆   ☆   ☆
 2011日本プロゴルフ選手権大会 日清カップヌードル杯は、39歳の河井博大(かわいひろお)がドラマチックな優勝を遂げた。プロ16年目での初優勝。石川遼や池田勇太の豪快なゴルフとは違って、グリーンの外からでもパターで攻めていく地道なゴルフスタイルが玄人好みで、かえって新鮮だった。この“河井ゴルフ”にこれからも磨きをかけていくという河井博大プロに、7月6日、東京・港区愛宕の日本プロゴルフ協会新事務所でインタビューした。
 大会は兵庫県小野市の小野東洋ゴルフ倶楽部で5月12日から4日間開催され、2日目に首位に立った河井は好調なパットで連日60台をマーク。最終日も首位を分けていた「相文(ベ・サンムン=韓国)と激しい首位争いの末、17番でグリーンエッジからの7メートルをパターで沈めるバーディーで抜け出し、通算9アンダーで勝利した。ツアー初優勝が日本タイトルの選手は、2009年日本オープンの小田龍一以来15人目(73年以降)だった。
☆   ☆   ☆
──日本プロでのツアー初優勝、改めておめでとうございます。大会が終わって1ヶ月半が経ちましたが、最初に日本プロのことを少し振り返っていただけますか。

河井博大(以下河井) みなさん、テレビ中継で見て、最終日のバックナインでグリーンの外からパターで何度か入れたあのイメージが強かったのかもしれませんね。でも僕は流れからすると、初日から3日目までがあってこその最終日のバックナインだという気がしています。

──初日は71で37位でしたけれど、2日目に67で一気に首位浮上しました。それからはずっと60台でした。

河井 ドライバーはほとんどフェアウェイでしたね。フェアウェイにいれば、何とかグリーンはとらえられますから。そつなくやっているうちに、いいパットが入りだしたんです。グリーンの外からのパターも結構入りました。僕はウェッジが下手なんで、ウェッジで打つよりパターを使うのが好きだし、寄る確率も高いんですよ。その前の週のクラウンズでもグリーンの外からのパターは随分使いました。
課題だったパットがよく決まった

──緊張した場面でも感覚が狂わなかったですね。グリーンの外からのパットは、普段練習しているんですか?日本プロではとにかくパットが入りました。パット数は4日間全部20台で平均は26パットでした。

河井 もちろん練習ラウンドや練習グリーンで練習しています。ショットについても日本プロで急によくなったわけじゃない。僕は大体フェアウェイキープ率とかパーオン率などは悪くないんです。問題はグリーン上だったんです。前の週のクラウンズから例の白いヘッドのマレット型のパター(テーラーメイド・ロッサコルザゴーストAGSI+)に変えたんです。あのパター、いままで届かなかった距離が、なんとなく届いていくんですよ。それに気付き始めての日本プロでした。あのパターのおかげですね。

──最終日、最終組は何年か前の東海クラシックでもありました。

河井 2006年の東海クラシックですね。僕が2打差をつけて最終組でスタートしたのですが、1番でいきなりバーディーがきて、3打差をつけてスタートしたのと同じになったのですよ。あと17ホールもあるのに“優勝、優勝”という意識がすごく強かったんですね。目の前の1ホール1ホールごとに攻めなくてはいけないのに、それを忘れてしまった。結局3位に落ちて終わったんですけど、そのときの悔しさというか、精神状態をはっきり覚えていたんです。それが今回の日本プロの最終日、最終組で生きましたね。優勝などという意識は置いておいて、いまやるべきこと、ティーショットを、どこに持っていくかということに集中できました。

──最終日は「相文(べ・サンムン=韓国)と6アンダーで並んでスタートして16番までは同スコアでしたが、17番のパー3で河井プロがグリーン手前のエッジから7メートルをパターで沈めて抜け出しました。

河井 「選手は最後に集中力が切れてしまった感じですが、僕は最後まで集中力が切れなかった。17番はグリーンエッジまで1ヤードあったのをパターで打ちました。最後の18番もグリーン右エッジからパターでのパーセーブでした。
──日本プロで初優勝して、そのあとも試合は続いていますが、河井さんのゴルフは変わりましたか?

迷いのあった気持ちが  確信に変わった
河井 基本的には変わっていません。でも、いままで、これでいいのかなと思っていたこと、メンタルな部分で迷いのあった気持が、確信に変わりましたね。いままでやってきたことが間違いではなかったとね。ショットに関しても、ゴルフに対しての自信というか確信というか、そうした気持の面もしっかりしてきましたね。いままでうやむやだったのがはっきりしてきたというか…。

──一流選手というのは、メンタル的に強い人だ、といっていました。

河井 そうです。大勢のプロがいて、ひとつひとつのドライバーやアイアン。パターやアプローチにしても、そう大差はないと思うんです。なのに、大勢の中で勝つ人間は限られてくるのはなぜだろう。それは、何が違うかといえば、メンタル面、考え方の差がそうさているんだと思うんです。

──そういう点で日本プロでの優勝は河井プロを変えるかもしれませんね。師匠の田中秀道プロから、勝ったあとは何といわれましたか?

河井 お前は遅かったくらいだ。お前が高い潜在能力を持っているのを俺は分かっていた。自分の潜在能力に自分でフタをしていた。フタを一枚ずつ開けていって、自分の持っている能力をフルに発揮できたのが日本プロだ、といわれました。あとは自分の思うようにやればいいと。

──ところで、河井プロは尾崎将司プロのところで練習をしているそうですね。

タイヤを引っ張って下半身を強化
河井 そうです。何年も前から、超一流の人はどんな練習をして、どういう考えでゴルフをしているのか知りたくて、一度訪ねてみたかったのですが、2月に小山内(護プロ)さんに口をきいてもらって実現しました。2月に2週間、3月にまた2週間と約1ヵ月一緒に練習させてもらいました。3月の2週間は、ジャンボさんの家で寝泊りさせてもらいました。最高でしたね。

──そこで得たものは?また尾崎プロに何をいわれたのでしょう?

河井 ジャンボさんはアドバイスとかレッスンみたいなことは一切しないんです。ただ黙って見ているだけなんです。でも僕は、そうしたことを求めてはいなかったのです。練習を見せてもらっていいものがあれば盗んでいこうと思っていましたから。ジェット(尾崎健夫)さん、飯合肇さん、川岸良兼さんらもいました。いろんな選手からいろいろなことを聞かせてもらいました。で、僕が感じたことは、球の打ち方ではなくて特に下半身の使い方などです。みんなでタイヤを引っ張りました。下半身強化ですね。僕は線が細いので、ジャンボさんから“もっとタイヤ引っ張ってろ!”といわれました。

──食事も一緒だったのでしょう。

河井 そうですよ。ある日、夕食を食べているとき、ジャンボさんがふと言ったことがあるんです。『これまでのお前のゴルフ人生はオレにはよく分からないけど、これから先のお前のゴルフ人生には、足跡をしっかりつけていけよ。その足跡をどうつけていくかが大事なんだよ』と。これまでのことはどうでもいい。過去はどうでもいいけど、これからいい足跡をつけてゴルフをしていけ、といわれたんです。

──尾崎プロらしい言葉ですね。ジャンボ軍団でもない河井プロにも目を向けてくれたんですね。

河井 僕、ジャンボさんの長男の智春君と同じ歳なんです。もうトシもトシですから、勝ち星もそうですが、いいショットを打って多くの人の記憶に残るようなゴルフをしろよということだろうと思うんです。僕がジャンボ軍団の中に入っても超アウエーで、“何で河井がここにきたんだ”とみんなから思われたかもしれません。ジャンボさんも、河井はどうせ2〜3日で帰るだろうと思っていたかもしれません。でも僕はずっと、何が何でもいましたよ。2月に帰るとき“また暖かくなったらタマを打ちにきたらいいからな”と一言言ってくれて、3月にまた行ったのです。
死ぬまで修行の生き方を学ぶ

──河井さん、ジャンボ軍団に入ったのですか?

河井 再度おじゃましてジャンボさんとも少しずつ話せるようになったんです。冗談でジャンボ軍団だからな、なんていってましたけど、入ったわけではありません。日本プロに勝ったあと、日本ツアー選手権のあとでまたジャンボさんの家を訪ねました。日本プロに勝ったあとだったんで喜んでくれましたね。勝ったときもすぐ電話はしたのですが、“あの下半身のふらふら感は何だ。すぐタイヤ、ひっぱりに来い”といわれました。また“お前みたいなのが勝てるんだから、オレはすぐにでも勝てるよな”ともいわれました。ジャンボさん、いまでも凄い練習をしてますからね。腰も大分いいようですよ。

──尾崎プロの家を3度も訪ねて、得たものは大きかったようですね。

河井 ジャンボさんは自分で過去の話はしないですね。去年、世界ゴルフ殿堂に入りましたね。フロリダでの表彰式に出向くのかどうか周りの人はやきもきしてましたけど、結局は出席しませんでしたね。『過去の栄光をいまさら表彰してもらうなんて…。過去はどうでもいいんだ。だったら、今オレたちがこうやってタイヤを引いている姿を表彰してくれるならな』といっていました。『死ぬまで修行だから』ともいってましたね。凄いなと思いました。こういうジャンボさんを見たのは勉強になりました。これからも時間があるときは行かせてもらおうと思っています。

──日本プロで劇的な勝利を収めて、河井プロのゴルフ人生も40歳からまた変わると思いますが…。

河井 1勝は1勝ですけど日本プロの1勝は大きいですね。シードも5年ですしね。でも40歳になって僕がいまさら、遼クンや勇太クンのような豪快なゴルフでアイドル的スターにはなれませんし、変えられません。僕は僕で、ステディーゴルフに磨きをかけていけばいいのかなと思っています。世間では苦労人といわれますけど、それならそれで苦労人としてのスター性もあるのかなと…。勇気をもらえたとか、河井ができるのならオレもやれる…、などという声も多く聞きました。ゴルフ界の活性化に一役買えたのならうれしいですね。

──勝てば収入も増えますが、欲しいものでもありますか。

河井 僕はゴルフ以外に何の趣味もないし、物欲もないんです。いい家、いいクルマも欲しいとは思わないんです。強いて言えば、ゴルフの練習場が欲しいですね。ジャンボさんのところみたいなすばらしい練習環境が欲しいですね。
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