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日本プロの歴史

1970〜1989
写真:青木功
第41、49、54回に優勝する青木功。
その後80年から5年間スランプに陥るが89年には、雨と風の中加瀬秀樹を1打抑えて15年ぶり3度目の“プロ日本一”に輝いた。 日本プロ最多優勝記録を塗り替えた93年は、中島常幸が3日目65のベストスコアをマークしてジャンボに1打差と迫り、久々のON対決となったが、最終日米山剛、陳志忠も加わった混戦を制して通算5度目の最多優勝記録を樹立した。青木の日本プロ初優勝は、賞金ランキング制が導入され“ツアー”としてのかっこうがようやくでき始め、日本のプロゴルフ界がまた一つ新しい時代を迎えた73年だった。この年、岐阜関で行われた第41回大会で青木は、初日からトップを突っ走り、4日間ぶっちぎりの“ワンマンショー”で2位安田春雄に8打差をつけて勝利をものにした。
74年、公式戦3冠をかけて尾崎将司に敗れた青木の“AO対決”雪辱戦は86年、うだるような暑さの中で尾崎の反撃を抑え日本プロ通算3勝目をあげ雪辱を果たした。 75年の第43回大会は、村上隆にとって初優勝した大会といううだけではなく、 大きな意味を持つ大会になった。この年の日本プロマッチプレー選手権と日本オープンに勝って臨んだ試合で、村上は最終日1打差で追う山本善隆に並ばれプレーオフとなったが、最初の16番でバーディーを決めて振り切り、初優勝を飾った。このあと日本と名の付く公式戦4試合(日本プロ、日本オープン、日本マッチプレー、ゴルフ日本シリーズ)全てを1年間で制覇する“日本4冠王”の快挙を達成した。村上にとってこの4大会全てが初優勝で、その後これらの大会で優勝することはなかった。最初で最後の優勝がこの1年間で集中して“日本年間グランドスラム”につながったのだから、何とも不思議な巡り合わせだ。
写真:村上隆
1975年(昭和50)グランドスラム達成の村上隆。
写真:中嶋常幸
第45、51、52回優勝の中嶋常幸。
中島常幸の日本プロ初優勝はプロ入り3年目の77年、3日目トップに立つと最終日は手堅くパープレーの72で首位を守り逃げ切った。22歳11ヶ月の勝利は、戦後の日本プロチャンピオンの中の最年少記録となった。この時3打差2位に入った杉原輝雄は、その後もチャンスがありながらものにできず“日本プロ未勝利”は、なお続いている。
87年、PGAは会員外の外国人選手にも門戸を開放、PGAツアーの賞金ランキングに加えることに決め、同時に日本プロにも外国選手の参加を認めた。その年の第55回大会ではデイビッド・イシイとブライアン・ジョーンズの外人勢が優勝争いに加わり、イシイが安定したゴルフで青木功、尾崎将司、金井清一ら強豪を抑え初優勝を飾った。この年イシイは6勝して初の“外人賞金王”にもなっている。88年は尾崎将司、健夫の“兄弟対決”となり、健夫が最終日8アンダー64の驚異的スコアで追い上げ、3日目までトップの将司を1打抑えて3年ぶり2度目の優勝を飾った。この時の通算20アンダー268は日本プロのトーナメントレコードを22年ぶりに更新するニューレコードとなり、現在も破られていない。
写真:デービッド・イシイ
デービッド・イシイ
1987年優勝
写真:尾崎将司
第39、42、57、59、61、64回優勝
尾崎将司
 93年、それまで誰も突破できなかった“4勝の壁”を破り通算5勝目をあげた尾崎将司は、96年の第64回大会では初日からトップを走る“完全優勝”で大会最多優勝記録を更新する6勝目をマークした。
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