日本プロゴルフ殿堂は23日、都内で記者会見を開き、第8回殿堂入り顕彰者を発表した。レジェンド部門からは、謝敏男、中村兼吉の2名、プレーヤー部門では、海老原清治、岡田美智子が殿堂入りすると伝えられた。また、2019年全英女子オープンで優勝した渋野日向子が特別賞を受賞。顕彰セレモニーは、2021年のジャパンゴルフフェア会場で開催予定となることが発表された(2月27日)

日本プロゴルフ殿堂 (左より)JGTO青木会長、日本プロゴルフ殿堂松井理事長、PGA倉本会長、LPGA小林会長【拡大写真】

 「今年で8回目の顕彰式典を迎えられ、感謝申し上げます。往年の名プレーヤーをこういう形で称えることにより、歴史を重ねてきたゴルフの素晴らしさを伝えたい」。日本プロゴルフ殿堂の松井功理事長が謝辞を述べ、続いて顕彰者を発表した。レジェンド部門は、男子ツアー制度施行前の1972年以前に活躍し、功績を残した選手が対象。プレーヤー部門では、1973年以降に活躍し功績を残した選手で、日本プロゴルフ殿堂の表彰ノミネート基準を満たしたプロに贈られるものとなっている。


 プロゴルフ殿堂副会長で日本女子プロゴルフ協会の小林浩美会長は「素晴らしい先輩に恵まれ、大きな土台、いい土壌を作ってもらえて、私たちは本当に感謝しています。だからこそ先輩たちの功績を気に留め、目標にしていくことが大事なんです」と穏やかな笑顔をみせる。




〔レジェンド部門・謝敏男 79歳〕


 台湾出身の謝敏男氏は、淡水(台湾ゴルフ倶楽部)で腕を磨き、アマチュア時代から活躍。1964年の世界アマでは個人1位。翌年プロ転向するとアジアサーキットで早くも優勝。日本では1968年の関東オープンで初優勝を飾ると次々に勝利を収めた。


 1972年、国別対抗戦のワールドカップで呂良煥とのペアで台湾が初優勝。個人戦でも優勝を果たす。1979年の日本プロでは日本タイトル初制覇。台湾出身選手が日本プロを制するのは義理の父親でもある陳清水以来、26年ぶりの快挙となった。シニア入り後も多くのトーナメントで優勝を果たしており、日本プロゴルフゴールドシニア選手権でも2勝を挙げている。




 倉本会長は、謝との歴史を振り返った。「82年の全英で4位に入り帰国直後に出場した日本プロでは謝さんと優勝争いをして、私が日本プロ初優勝を飾りました。だけど謝さんは、同じ年の秋には3週続けての完全優勝を達成しましたから、強くて素晴らしい選手だと思います」。

 最近は台湾プロゴルフ協会、台湾シニアプロゴルフ協会と、謝が故郷のゴルフ発展にも尽力していることにも触れた。「日本プロゴルフ協会と共催でシニアツアーを開催し、今年は4回目を迎えます。当時会長だった謝さんの働きかけもあり、日台ゴルフの友好関係をこうやって続けられているのです」と話し、倉本会長は深く感謝を示した。




〔レジェンド部門・中村兼吉〕1911年6月20日〜1974年2月28日


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 レジェンド部門で選出された、中村兼吉氏。生家近くの東京ゴルフ倶楽部駒沢コースで子供のころからキャディーをしていた。旧制中学を卒業し、17歳の時に安田幸吉の助手となり、藤沢カントリー倶楽部に移籍。1932年に所属コースで開催された関東プロでは、陳清水を2アンド1で破って初優勝を飾り、翌年に大会連覇。さらに日本オープンでは2位に9打差をつける圧勝で存在感を示した。


 1935年には宮本留吉、浅見緑蔵らと米国遠征を敢行。渡米前に宮本、浅見とともにマスターズから日本人選手として初めて招待を受けていたが日程的な問題で出場できなかった。それでも6月には全米オープンに出場。日本から参戦した6人中、中村のみが決勝ラウンドに進出して58位タイという成績を残し、海外メジャーにおける日本人選手初の予選通過を果たしている。


 1957年に創設された日本プロゴルフ協会では、副理事長として安田幸吉初代理事長をサポートし、協会の寄与発展に貢献した。

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 今年は、プロゴルファー第1号である福井覚治氏が誕生してから100年という節目になるが、日本プロゴルフ協会倉本昌弘会長は「福井覚治プロの息子の康雄氏が、私のゴルフの師匠です。その康雄さんが中村兼吉さんと交流があったということは、私がプロゴルフ協会の会長という立場で顕彰させていただけるという今回のタイミングは、中村氏との貴重な巡り合わせだと感じています」と顕彰を喜び、心を動かされていたようだった。






〔プレーヤー部門・海老原清治 70歳〕

 千葉県出身。中学校を卒業すると我孫子ゴルフ倶楽部に入り、キャディーをしながらプロを目指した。20歳でプロ入り。シード資格を取った翌年の1985年に中日クラウンズで初優勝。1999年に欧州シニアツアー予選会で2位に入り、2000年から同ツアーに参戦。2002年には3勝をマークして賞金王に。日本人男子選手が海外の主要ツアー、シニアツアーで賞金王となるのは初めてのことだった。同年の全米プロシニア最終日には9ホールのツアータイ記録となる27をマークしている。現在もシニアトーナメントでも活躍し、2017年からは日本プロゴールドシニアで3連覇中。


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 日本ゴルフツアー機構の青木会長と海老原は、プロゴルファーになることを夢見て、我孫子で一緒に練習を積んできた。「とにかく義理堅くて、人の面倒見が良くて、物事をはっきり言う性格。清治は弟分だけど、私がお世話になっている感じですよ」と人柄を話す。


 そして一緒に米シニアツアーに挑戦したエピソードにも触れ「あんちゃん、だめだよ、アメリカではいい成績がでない。選手が大きい、国のスケールが大きい、スコアが大きいよ」と、兄貴分の青木に対して悔しさを伝えたという。自分のスコアが2桁アンダーというアメリカのビックスコアには到底達成できないレベルだと感じ、主戦場を小細工の利くヨーロッパに移したんだと青木は説明した。

 「ゴルフは長く続けられるスポーツ。70歳になっても、ずっと変わらず努力を続けている。そんな清治が選ばれてよかったと思うし、私も幸せです」。仲間の受賞を心から喜んでいた。






〔プレーヤー部門・岡田美智子 75歳〕

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 プレーヤーズ部門の岡田美智子氏は、福島県出身。中学卒業後、地元いわき市の洋裁学校に進むが中退して川崎国際カントリー倶楽部(神奈川県)にキャディーとして就職。やがて自らもクラブを握るようになり、1967年に行われた第1回の女子プロテストに参加し、女子プロゴルファー1期生となった。プロテスト合格から8年後に念願の初優勝。


 1995年の大王製紙エリエールレディスで50歳312日の最年長優勝をマーク。また、日本女子プロ選手権の35年連続出場など、公式戦には歴代最多の84試合に出場し90%以上の予選通過率を誇る。最近もレジェンズツアーで元気な姿を見せている。


 岡田氏と小林会長は、福島県いわき市が同郷という先輩後輩の関係でもある。「努力の人で、とってもおしゃれで、いつも元気いっぱいなのが岡田さん。第一線で長く活躍するには、心技体揃わないとできないこと。だからこそ、常に努力を続けている岡田さんは、私たちの目標でもあります」と、女子プロゴルファー一期生の先輩に感謝を述べた。





 顕彰式は、2021年のジャパンゴルフフェア会場で執り行われることが伝えられた。




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