2012年に日本プロゴルフ殿堂入りを果たし、「那須の神様」と呼ばれていた小針春芳会員(97)が先月19日に、栃木県那須塩原市にある介護施設で、老衰のためご逝去されました。小針会員は1955年、34歳の時に関東プロで初優勝。57年、60年の日本オープンを始めレギュラー通算6勝を挙げました。栃木県の那須に居を構え、最後まで那須を代表するプロゴルファーでした。慎んでお悔やみを申し上げます。


●プロフィール


 小針 春芳(こばり はるよし)

 生年月日:1921年(大正10年)4月24日 (享年97歳)
 入 会:戦 前
 出身地:栃木県
 表 彰:2012年 第1回 日本プロゴルフ殿堂入り
 戦 歴:レギュラー通算6勝      他シニア競技9勝
     日本オープン(1957、1960)    日本プロシニア(1971、1975)
     関東プロ(1955、1957)       関東プロシニア(1976)
     関東オープン(1959、1961)    関東プログランド(1984)
                     関東プロゴールド (1989,1990,1993,1996,1998)




小針氏


<故人プロフィール>


 栃木県那須塩原市の農家に生まれ、高等小学校卒業後に那須ゴルフクラブに就職。キャディーをしながらゴルフの腕を磨き、40年、19歳のときに関東プロ招待競技で研修生でありながら、浅見緑蔵とのプレーオフへ。敗れはしたが高い評価を受けてプロに認定された。


 プロ入り後は程なくして戦地へ出征。中国、ニューギニアと転戦し、復員後もしばらくは農業をしていて、約10年間クラブを握らなかった。55年、我孫子の関東プロで、中村寅吉を破って34歳で初優勝。60年、廣野で開催された日本オープンでは「日本ゴルフ史上初の事件」と言われ、連覇を狙った陳清波がスコア誤記し、優勝が転がり込んできた。

 
 「元祖・高いティーアップ」「クリーク(5番ウッド)の名手」「アプローチの名手」さらに、「那須の神様」「那須の小天狗」と、那須に居を構えた小針は多くの愛称で親しまれていた。

◇ 日本プロゴルフ殿堂小針春芳メディアページでは、生前の独占インタビューが放送されています。

・「国鉄蹴って那須GCでゴルフの道へ。1940年プロ認定も戦地へ。色弱が命を救った」(8:05)

・「戦後1953年、ゴルフに復帰。55年関東プロで初優勝。転がり込んだ日本オープンV」(9:23)

・「極東オープンでの奮闘。59年中村寅吉とカナダカップへ。S・スニードの歩き方を真似た」(5:46)

・「ライバルは中村寅吉。勝つためにつくり上げた独自のグリップ、スイングとは」(15:17)

・「那須の小天狗が、故郷を離れなかった訳は」(8:24)