(一社)日本プロゴルフ殿堂は29日、都内で記者会見を開き、第6回殿堂入り顕彰者を発表した。レジェンド部門からは、藤井義将(故人)、男子プレーヤー部門では、金井清一(77)、女子プレーヤー部門は、吉川なよ子(68)の3名が殿堂入りすると伝えた。今回の顕彰セレモニーは、3月にパシフィコ横浜で行われるゴルフフェアの初日(3月23日)にて執り行われ、当日は一般の観覧も可能となる。

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日本プロゴルフ殿堂 PGA倉本会長、日本プロゴルフ殿堂松井理事長、LPGA小林会長が発表に列席し、殿堂入りを祝福【拡大写真】

 今年のプロゴルフ殿堂入り顕彰者の3名が、松井功理事長より発表された。レジェンド部門では、2015年2月に85歳で亡くなられた、福岡県出身の藤井義将氏が選出。男子プレーヤー部門は、レギュラーツアー12勝、シニアツアー17勝と大きな活躍を見せた金井清一氏の名前を挙げた。PGA倉本会長は「私がプロになってからも、お二人とはプレーをご一緒させていただいていましたから、思い出もたくさんあります。すばらしい功績を評価された顕彰入りはとても嬉しく思います」と振り返った。


 また、女子プレーヤー部門では、吉川なよ子氏が授賞。LPGA小林会長は「吉川プロにはたくさんのことを教わりました。選手時代には『練習することは、ご飯を食べることと同じよ』と言葉をいただき、プロとしての成長を促していただいたことは、とても印象的でした」と、先輩プロとのエピソードを披露した。



 今回の顕彰式は、パシフィコ横浜ジャパンゴルフフェア会場にて、2018年3月23日(金)14:30開始(予定)で行われる。
※当日は一般観覧が可能



【レジェンド部門】
藤井義将(ふじい・よしまさ)
1929(昭和4)年7月1日〜2015(平成27)年2月26日


    福岡県出身。21歳でプロ入り。1962年に霞ヶ関CC(埼玉県)とトーナメントプロとしての年間契約を締結。従来のゴルフ場専属ではなく、トーナメント中心で活動する新しいスタイルの先駆けとなった。


     その後、故郷・福岡県の玄海GCに移り、以降は九州を拠点にする。切れ味鋭いショットで「玄海の荒法師」の異名を取り、1971年には杉本英世とのプレーオフの末に日本オープン制覇。42歳の時だった。シニア入り後も日本プロシニアをはじめ、数々のタイトルを獲得。レギュラー時代と合わせて23勝を挙げている。


     九州で多くの後進を育てたことでも知られる。ミドルアイアンの名手と名をはせ、玄海GC時代には、プロゴルファー転向を目指す尾崎将司に適切なアドバイスを与え、ジャンボ尾崎の生みの親としても有名である。また、2010年の日本プロ日清カップの会場となった長崎のパサージュ琴海GCは、藤井氏が設計を手がけたコースである。


     日本プロゴルフ協会には、1951年1月1日に入会。1974年から15年間、協会の理事を務め、1989年日本プロスポーツ功労賞、2003年には文部科学省スポーツ功労者顕彰を受けている。長男の久隆もプロゴルファーであり、現在は麻生飯塚CC(福岡県)に所属。


mt-fujii3.jpg 95年日本プロシニアではレジェンド選手として参加しファンを魅了した


【主な戦績】


 日本オープン1勝(1971年)、日本プロシニア2勝(1979、80年)、
 日本プログランドシニア3勝(1989、90、92年)、
 関西プロシニア4勝(1980、81、82、84年)、
 関西プログランドシニア4勝(1989、90、91、92年)など通算23勝


【男子プレーヤー部門】
金井清一(かない・せいいち)
1940(昭和15)年7月24日生まれ、77歳


    新潟県出身。東京・秋葉原の電器店で働いていた時に覚えたゴルフにのめり込み、やがてプロを目指す。独学で腕を上げ、1965年にプロテストに合格した。当時、練習拠点ともなるコースに所属せずにフリーとして活躍していた。師匠はおらず、ベン・ホーガンの「モダンゴルフ」に学び、近代ゴルフを実践し続け、金井流のゴルフを確立させた。


    初優勝は1972年の日本プロ。尾崎将司との激しい優勝争いの末に手にしたものだった。1976年には4人のプレーオフを制して2度目の日本プロ制覇。その後、関東オープンや関東プロといったビッグタイトルを手中にし、“公式戦男”の異名を取った。

    1977年にはワールドカップ代表に初選出され、個人4位と健闘。団体でも島田幸作とのペアで4位に入っている。

    シニア入りしてから存在感をさらに増し、日本シニアオープンでは大会が創設された1991年から3連覇を達成。日本プロシニアも2度制するなどシニアツアーで歴代2位となる通算17勝を挙げ、賞金王には1993年からの4年連続を含む歴代最多の5回輝いている。





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優勝した96年第一生命カップ


【主な戦績】
日本プロ2勝(1972、76年)、関東プロ1勝(1981年)、
関東オープン2勝(1978、85年)などレギュラーツアー12勝
(※1973年以降は賞金ランキング加算競技が対象)
 
日本シニアオープン3勝(1991、92、93年)、
日本プロシニア2勝(1990、98年)などシニアツアー17勝。
シニアツアー賞金王5回(1993、94、95、96、98年)

ワールドカップ代表(1977年)





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吉川なよ子


【女子プレーヤー部門】
吉川なよ子(よしかわ・なよこ)
1949(昭和24)年2月18日生まれ、68歳


     北海道出身。中学卒業後、札幌市内で働いた後、19歳で皇子山CC(滋賀県)にキャディーとして就職。ここでゴルフと出合い、1972年、23歳でプロテストに合格した。

     安定したゴルフでほどなく頭角を現し、1978年には予選会を突破して米女子ツアーにも参戦。デビュー戦でいきなり優勝を争って2位に入った。翌1979年の日本女子プロ東西対抗で初優勝。1カ月後には日本女子オープンのタイトルをプレーオフの末につかみ取った。以降は勝ち星を積み重ね、12年連続で賞金ランキング10位以内に入った後、1988年には5勝を挙げてついに賞金女王の座に就いた。


     1995年の再春館レディースで通算29勝目を挙げて30勝以上の選手に与えられる永久シード権に王手をかけたが、甲状腺の病に見舞われるなどの不運も重なり、惜しくも届かなかった。


【主な戦績】
日本女子オープン2勝(1979、87年)、
JLPGAレディーボーデンカップ1勝(1980年)、
マツダジャパンクラシック1勝(1984年)など通算29勝。
 
賞金女王1回(1988年)


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